
生徒数が2万人を超える九州最大の進学塾、英進館。その若きリーダー、筒井俊英社長は、現役講師として自らも教壇に立つ。東大、九大という2つの大学で理系学部を卒業した筒井社長に、若者の理科離れの現状をどう改善すればいいか、インタビューした。
(メディア編集部)
Q:子どもたちの「理科離れ」はなぜ起きているのでしょうか。
A:まず、時代の変化ということがあります。高度成長期には、世界に追いつけ追い越せという熱気と、社会全体に将来の発展・盛栄に期待するわくわく感があったと思います。当時の日本はそれほど豊かではなく、生き抜くためにはハングリー精神も必要な時代でした。子どもたちの自然や科学といったいわゆる「理系」に対する知的好奇心が、今より数段強かったのではないでしょうか。
しかし、今は、大企業に入っても、文系と理系のどちらが有利かというと、理系が有利ということは全くないですよね。収入においても、あるいはポストにおいても。国家公務員の主要ポストや大臣クラスなどでもそうです。むしろ文系の方が優遇される傾向もあり、日本社会全体に、「理系が報われない…」というイメージがあるのも事実です。しかも大人社会ばかりでなく、子どもたちの間でも親から聞いたりした、そのきつい理系のイメージが広まっています。
それに生活が豊かになってくると、子どもたちもあえてきつい思いはしたくない。親も我が子にはきつい思いを、できるだけさせたくない。だったら、中学・高校の時から、比較的勉強の負担も少なく、大学に入ってからも負担が少ない文系の方へ、という流れになるのだと思います。
事実、理系は大学に入っても大変で、必修科目や実験が多くて忙しい。大学の先輩からも聞くんですね。「文系に行けば大学でさぼれるよ、授業に行かなくてもいいし遊べるよ」と。確かに文系に比べ、大変な部分はありますが、それを上回るメリットを社会全体が提示できれば、理系人気が復活すると思うのですが―。
Q:一般的に理系の勉強は難しいというイメージがありますね。
A:文系の科目に比べて、理系科目は数学や理科にしろ、分かるか分からないかが、はっきりしています。ちゃんと腰を入れて勉強しないと理解しづらく、学校や塾の勉強でなかなか成績が上がらない。だから、好きになれずに理系を敬遠してしまうんですね。
ただ、理系でも医学部、薬学部、歯学部などの学部は人気があります。社会に出てからの収入も安定しているし、資格があるので職に就けない可能性は低い、というイメージもありますから。とくに女子。10年、20年前は女子の理系は少なかったのですが、今、やる気のある女子の間では、医歯薬系の人気がとても高いのです。これには時代背景が大きく関係していると考えられます。一流大学を出て一流企業に就職しても、女子の場合、結婚・出産等を機に退職されるケースが多々あります。そういう問題もあって、「手に職をつけさせたい」という親御さんの気持ちが強くなっているようなのです。
一方で、同じ理系でも理学部や工学部の人気は落ちている、ここが問題なのです。理学部や工学部で学ぶことは、本来はわくわくするものなのです。私が英進館で教えている算数・数学もそうですが、理系の勉強はとりくむ姿勢により、結果が100点か0点か、という世界です。多くの子どもたちが過去にひどい点数を取ってしまったことがあり、それがトラウマになって敬遠してしまう…という話もよく耳にします。しかしその苦いプロセスを経て、初めて経験できる「見えなかったことが見えてくること」こそが、理系の勉強をする「本当の」楽しさなんです。
Q:「見えなかったことが見える」とは?
A:世界的な数学者の広中平祐先生と対談させていただいたときの話です。私も算数・数学好きで、小中高の算数・数学はなじみが深いのですが、他方、同じ数学という名前でも、先生のような数学者が取り組まれている数学は極めて抽象的なものです。例えば私が専攻していた建築学といった工学部の勉強と違って、実際の世の中に役立つものかどうかも、今一つ分かりにくいですよね。ですから日常生活とあまりにもかけ離れている気がして、数学者の方々は何が楽しくてやっているのだろう…と、失礼を承知の上、広中先生にうかがってみました。
すると、「数学を勉強すると、見えなかったものが見えるようになる。それが楽しくて仕方ないんだ」と満面の笑みで言われたのです。例えば木の葉を見ても、われわれだったら単に「木の葉がある」としか思いませんよね。しかし、数学の確率論を勉強すると、葉の葉脈は栄養分を最適に吸収するために最も効率的な仕組みになっていることが分かる。その効率的な仕組みに、「美しさ」を感じるらしいのです。雪の結晶にしてもそうです。数学を知らない人には見ることができない、より深い世界が数学者には見えているのですね。だから「わくわく」するんだと先生はおっしゃっていました。収入のために学ぶわけじゃない、ダイレクトに誰かの役に立つとかでもない。だけど、自分自身が数学を勉強すればするほど、分からなかったことが分かるようになるんだと。だから、80歳近くなっても、依然として「わくわく」できるものなのだと。
私も医師の仕事をやっていたからこそ、見えるようになったことがあります。もちろん、人体のことに精通していなくても、日常生活は送れます。しかし、医学を学んだことで、例えば頭が痛いときに、その考えられる原因が具体的にいくつか思い浮かべられるようになりました。そういうことが見えてくる、ということは、実に「わくわく」とすることなんですね。見えないものが見えるようになる喜び。これは、小さい子が言葉を覚える時に、損得抜きでいろいろなものに興味を示すのと同じです。文系の勉強は人間対人間という世の中の仕事に直結していますが、この「見えないものが見えるようになる」という感覚は、理系の勉強ならではの醍醐味(だいごみ)ではないでしょうか。
Q:小さいころはどんな子どもでしたか。
A:本を読むのがつまらないと思っていた、いわゆる理系人間でしたね。それよりも雨が降る、雷が鳴るといった、世の中の現象のメカニズムを知ることの方が面白くて。それが、数学や物理、化学、生物などの勉強の醍醐味ですね。
文系の科目、とくに国語はそういうところが少ない感じがしていました。大人になって初めて、歴史や地理も大事なことが、本を読むのは面白いということが分かりました。しかし、子どものころは何のために勉強するのか、本当に理解できませんでした。私にとっては、自然現象探求の方が、わくわく感が圧倒的に高かったのですね。
私だけでなく、人間なら誰しもそういった知的好奇心を持っています。その好奇心を大きく育むことができるかどうかは、それを分かりやすく教えてくれる先生がいたかどうか、分かりやすい教材や本があったかどうかがポイントだと思うのです。小中高の間で一度でも、一瞬でも「理系の勉強って面白い」と思える機会があれば、理系に進む子どもはもっともっと増えるはずです。そういうことがなくて、ただただ試験のためにだけ勉強するのであれば、文系の勉強よりはるかに大変だし、面白みを感じられないはずですよね。
Q:ご自身に、そういう機会はあったのですか。
A:私は、中学入試の勉強をしていた時に、図鑑や参考書に没頭し、サイエンスへの興味が一段と強まりました。あとは、「学研の科学」を購読していて、工作にも夢中になっていました。それに、野山など自然の中で遊んだ時、いつも人一倍はしゃいでいた記憶があります。今の子どもたちは外で遊ばずに、ゲームが中心みたいですが、海や川、山などで遊ぶことはサイエンスの勉強そのものです。山に行くと昆虫が出てくる。昆虫採集はまさしく生物の勉強ですよね。あと、天気が変わるのをながめていたり、川の流れをたどって歩いたり、海の水はなぜしょっぱいのか疑問に感じたり…。このように自然の中で遊ぶということは、サイエンスへの興味を抱く重要なきっかけになるのです。
ですから、10年、20年前であれば自然の中に子どもたちを放しておけば良かったんです。すると、日常生活の中で、物理やってみたい、化学やってみたい、生物やってみたいと思う機会がいっぱいあったと思うんですが、今はその機会が減っています。だからこそ、学校や塾でも、何か人工的にでも大人がそういう機会を作ってあげないと、サイエンスへの興味は極めてわきにくい環境に今の子どもたちはいると思います。
算数の話になりますが、福岡から長崎まで200kmあるとします。遠足などで高速道路をバスで走っていて、「時速100kmで行けば2時間で着くね。時速50kmで行けば、倍の時間がかかるね」ということを子どもたちに話すと、「えっ」と驚く子もいれば、逆にスピード計をみて「今の時速はこれぐらいだから、あと何時間で着く」と言う子がいます。このように日常の中で算数の話をしてあげると、子どもたちは算数を身近に感じ、もっともっと知りたく、勉強したくなるんです。
Q:ところで、筒井社長はいったん東大で建築を学んで卒業され、後に九大医学部に入られていますよね。それはどうしてですか。
A:子どもたちに刺激されたんです。東大を出て建築の仕事には就かずに、英進館で子どもたちに算数、数学を教え始めました。子どもたちは、知ってること、簡単なことを教えても目を輝かせません。でも、難しいこととか、「えーそうなんだ、なるほど」ということには、目を輝かせて聞いてくれます。そんな子どもたちに頑張ってもらう、努力して勉強してもらう、真剣に授業を聞いてもらう、そのために私たち教師も命がけで一生懸命に教える。そういう過程を経て、初めて知識のハードルを越えることができ、「この問題が解けた!やったー!!」となるのです。
努力の先にある、子どもたちの「できた」「分かった」という成長を見ているうちに、自分はどうなのか、と思い始めました。このままだと子どもたちに負けてしまうのではないかと。教師というのは教えること=アウトプットが中心ですよね。でも自分自身、もっともっとインプットしたい、成長したいと感じるようになったのです。幸い東大工学部卒業後、建築の道に進まなかったことなどもあり、「よし、それじゃ昔からあこがれていた医学を勉強しよう」と思って、25歳で全く未知の医学部に入学したんです。その後31までの6年間を医学部で学びました。
医学部での6年間を、資格を得るための勉強だと考えてしまうと、試験ばかりでつらいものと感じたのでしょうが、私は楽しくて仕方がなかったです。社会人を1回やったというのも大きかったですね。社会人になる前は、いまの多くの子どもたちと一緒で、試験に受かるための勉強、という感覚でした。ですが、社会人を経験したことで、勉強できるありがたみを知り、純粋に「知的好奇心」が出てきたのだと思います。いくつになっても分からないことが分かる体験をできるのは、本当に幸せなことですよね…。
Q:さて、「日本を強くする人材を育てること」が英進館の使命である、とうたっていますが?
A:はい、指導を通じて、自立した社会人を1人でも多く育成したいと考えています。豊かになる前の日本は、大学に行くか行かないかが知的な仕事に就くか就かないかの一つのハードルだったと思います。今は選り好みしなければ、誰でも大学に行けますよね。だから、子どもたちの教育においてのハードルは、大学を卒業し社会人になるときです。塾でも学校でも、ご家庭でも同じですが、かわいいわが子がラサール中学に受かって万歳、ではないと思います。中には途中でドロップアウトして大学に行けないという子だってでてきます。同じように、九大に受かったから万歳、でもないですよね。大学を出ても就職しない、できない人もいます。就職しても、すぐに仕事をやめて、次の仕事に就かないという人もいますしね。
ですから頑張ったわが子が、「いい学校に入ったー!」で安心してはいけないですよね。しっかり働いて、仕事にやりがいを感じるようになるまでが、親や教師の役目だと思うんですよ。今の豊かな時代に育ち、弱くなっている子どもたち。それを待ち受けている社会は以前より厳しく、自立するのが難しい時代です。すべての生徒、子どもたちに、まずは自立した社会人になってほしいと強く願ってやみません。
そうした中で、天才的素質を生まれもった子どももいます。千人、1万人に1人ぐらいの割合ですが、運動と一緒で、すごい素質をもった子どもがいるわけです。そういう素質は「自分ひとりのものではない」と思いますから、たぐいまれな才能に恵まれた場合には、世の中に還元すべきなのではないでしょうか。理系に行け、というわけではないですが、現代の便利な生活があるのは天才的な科学者の素質と努力・尽力のおかげですよね。また、経済的に恵まれた子どもも、親がそうなるまでにはいろいろな人の支えがあったと思うのです。ですから、エリートという言葉は好きではありませんが、環境や才能に恵まれた子どもこそ、自分の金もうけとか、ちっぽけなことのためにではなく、世のため人のため還元すべき使命があると思います。そういう子どもたちがもっともっと増えてくると、日本はより強くなりますよね。
Q:では最後に、子どもたちの保護者の方へメッセージをお願いします。
A:過去の日本の歴史の中で、どの時代の子どもたちも「早く大人になりたい」と思っていたそうです。ところが、今の子どもたちの多くは「大人になりたくない」と言います。これは世界的にみても異常なことです。先進国、途上国に関わらず、外国では「大人になりたい」という子どもの方が多いのです。子どもだと「これは、だめ。あれは、だめ」と言われるし、好きなところに住んだりもできない。持っているお金だって、お小遣いだから少ないはず。子どもって、自由のようで自由ではないですよね。ですから、早く一人前の大人になって自由になりたい、と思うのが普通です。そういう感覚でいうと、日本だけどうしてこうなったのか分からない、極めて異常なことだと思います。
私が思うに、日本が豊かになりすぎたせいではないでしょうか。リストラや、中高年の自殺など、世の中に対してのネガティブな情報があふれているのもよくありませんね。社会に出ることって夢も希望もない、大変なことだ、と子どもたちが思ってしまっています。
ここで大事なことは、日々子どもたちが接している大人たちの表情・立ち居振る舞いです。つまり、親や教師といった身近な大人たちが魅力的に映っていれば、早く大人になりたい!と思うはずです。「仕事がきつい」、「上司がおかしい」と家庭で愚痴ばかり言う親、ほかの先生の悪口ばかり言う学校の先生。大人は何げなく口にしたり、あるいは聞き流したりもできるのですが、それを聞いた子どもたちは「大人になるのは最悪だな」と思ってしまいますよね。
ですから、どんな仕事にも良し悪しはあると思うのですが、子どもたちの前ではできるだけ夢のある話をしてほしい。自分のやっている仕事のいい部分を、いっぱい伝えてほしい。この仕事をできて本当に幸せだ、と胸を張り、笑顔で伝えてほしい。親にしても教師にしても、その人が仕事にやりがいを感じているかどうかを、大人の表情や言動から子どもたちはすぐに感じ取るものですから…。
【略歴】
筒井俊英 英進館社長
1969年福岡市生まれ。久留米付設高校、東京大学工学部卒。英進館に入社。在職中の95年に九州大学医学部に入学し、2001年首席で卒業。九州大学付属病院に勤務後、英進館に復帰。2004年英進館社長就任。現在も小・中・高生の算数・数学を指導している。